自衛隊の海賊対処活動とその実情 前編

 アデン湾・ソマリア沖の海賊問題について、当ブログでも派遣前からも何度か触れていましたが、早いもので2009年3月14日の派遣からもうすぐ1年です。派遣水上部隊も現在は4次隊にまで引き継がれ、護衛回数も100を超えました。今回は3月2日に防衛省南関東防衛局が行った防衛セミナーでの講演内容も踏まえ、派遣された海賊対処活動の実情にフォーカスを当てたいと思います。


海上自衛隊初の船団護衛活動



 アデン湾・ソマリア沖での海賊が国際問題となる中、2009年1月28日に浜田防衛大臣(当時)によりアデン湾・ソマリア沖への派遣準備指示が発令されました。これを受けて海上自衛隊では派遣に向けた準備を開始しますが、前例の無い船団護衛任務であり、準備から任務開始までの期間がまだ未定の状態でした(実際に派遣されるのは3月14日で準備期間は2ヶ月無かった)。第一次派遣海賊対処水上部隊指揮官に任ぜられた五島浩司一佐は準備指示に対して、まずは「護衛任務のイメージ作り」から始め、大まかに以下の3つを行うことにしたそうです。

一、「護衛任務の具体化」
    -護衛要領の作成
    -特別警戒配備

二、「人・物の補強」
    -人事課との調整
    -装備の補強
    -隊員への教育

三、「ガイドライン作成」
    -国土交通省日本船主協会との調整


 以上のうち、「護衛任務の具体化」は実際の護衛活動の内容について「策定→検証→修正→策定→……」のプロセスを繰り返し、護衛要領が完成したのは出発の3日前だったそうです。「人・物の補強」については、海賊対処に必要とされる人員や装備を検討し、海賊対処という新しい任務について隊員への教育を行い、「ガイドライン作成」では護衛対象となる船舶用のガイドライン国交省日本船主協会との調整のもと作成しました。


■準備活動とその内容



 では、具体的な準備の内容はどのようなものだったのでしょうか?
 まず、今回の派遣にあたって新規・追加で艦艇に装備されたものは以下の6つです。

 新規装備
  1.防弾板 :各所に配置。
  2.LRAD :艦は片舷に1基ずつ、計2基装備。哨戒ヘリにも小型のものを1基装備。
  3.特別機動船(RHIB) :各艦2隻ずつ装備。

 追加装備
  4.インマルサット(衛星通信装置) :通信の増大等に備え追加。
  5.哨戒ヘリコプター :砂塵・高熱対策の為、第一次派遣部隊のみ各艦2機体制。通常は1機。
  6.12.7mm機関銃 :片舷1丁ずつ追加。

 以上の装備についての検証から行われます。数キロ先に大音響を伝えるLRADや防弾板等の能力を実際に使ったり、射撃を行うことで使用に耐えるものか検証します。次に個々の装備の訓練を実施し、最後に実際の場面を想定した総合的な訓練を行う、といった段階を踏んだ検証・訓練を行ったとのことです。訓練に当たっては想定状況がありますが、考えられる最悪の想定を3つ設定し訓練が行われました。余談ですが、この「最悪の想定」は五島一佐が夜な夜な見る悪夢を参考にして設定されたとのことでした。
 また、装備の他にも医療・救護体制についても強化を行い、隊員の負傷・護衛対象船の船員の負傷・海賊の負傷という3パターンについての検証・訓練も行われました。


【2009年2月20日に行われた海上保安庁との合同訓練。右側が海上保安官】(引用:朝雲新聞サイトより)
【2009年3月2日〜3日にかけて行われた、海賊対処に係る図上演習の様子】(引用:統合幕僚監部サイトより)


 このような準備の後、2009年3月13日に海上警備行動が発令され、翌14日に第一次派遣海賊対処水上部隊は出航しました。しかしながら、現地への航行中も訓練は引き続き行われ、射撃訓練や立入検査訓練、LRADで流す各国語の警告メッセージの録音等が行われました。護衛開始三日前になって、五島一佐は初めて隊員が休暇を取っていないことに気づき、艦内放送で全員に謝罪した後、一日だけ休みを取らせる事ができたそうです。それほどの多忙な訓練であったと推測されます。


■船団護衛活動の実際



 船団の護衛は2009年3月30日より開始されます。護衛対象となる船舶は5隻で、海賊対処法案が可決される前の海上警備行動に基づく活動でしたので全て日本関連船舶でした。
 船団はアデン湾・ソマリア沖に展開しているアメリカ軍を中心とする有志連合軍が設定した「安全回廊」を航行します。安全回廊はイエメン沖30〜40マイルに設定された長さ900キロの海域で、有志連合軍やEU軍が重点的に警備を行っています。しかしながら、それでも海賊は安全回廊にも出没する為、海上自衛隊による船団の直接護衛方式が取られました。なお、同様の直接護衛方式は中国、ロシア、インド、韓国等も行っております。


【安全回廊(筆者作成)】

 
 上図の様にA点からB点、B点からA点間を航行する船団の護衛が派遣部隊の任務になります。
 今回の派遣にあたっては、ソマリア沖というキーワードから無政府状態ソマリアから海賊が来ているものと思われがちですが、実際は対岸のイエメン人の海賊も多く、昨今のイエメンの治安悪化も相まって混迷を極めています。この地域の海賊の特徴として、伝統的なダウ船を母船にし、そこからスキフと言われる小舟で船舶を襲撃するのが手段が挙げられます。問題はダウ船にしてもスキフにしても、この地域の漁民等が使っているものと船自体は全く同じであり、識別が困難です。しかしながら、怪しい船は船に積んでいるものから以下の様に特徴付けられます。


【海賊が襲撃に使うスキフの特徴(筆者作成)】


 上図のように、ハシゴの搭載、エンジンの数、乗員数やポリタンク等から怪しい船が見分けられます。ただし、あくまで「怪しい」としか言えず、この船が海賊行為に及ぶか、臨検して武器が発見されなければ海賊船と断定することはできません。この地域の海賊は漁民が多いと言われており、同じ船を使って、ある時は漁民、ある時は海賊、ある時は麻薬輸送と様々な合法・違法行為をしていると考えられ、このような事情が海賊の識別をより一層困難なものにしています。このような場所ですから、商船は小さい船を見かける度に海賊船と思ってしまう為、派遣部隊は1日に10件以上のSOSを受信することも少なくありません。
 では、船団護衛自体はどのように行われているのでしょうか。言葉で説明するよりも、絵で説明した方が理解しやすいので、以下の図をご覧下さい。


【船団護衛内容(筆者作成)】


 基本的に単縦列・複縦列を基本とした船団を組み、船団の前方と後方を護衛艦で固め、哨戒ヘリで近辺を警戒する形になります。ここで注目すべきは、護衛対象の船団をハイリスク船とローリスク船に分けているところです。先程のスキフの写真を見て頂ければ分かると思いますが、襲撃に使われるスキフは小型な為、乾舷が高い船に乗り込むことは困難です。また、高速船はスキフを振り切ることが可能で、これらの船は比較的襲撃されるリスクが少ないです。逆に乾舷が低い船や低速船は襲撃を受けやすいため、ハイリスクな船となります。
 船団ではハイリスク船とローリスク船に分け、ローリスク船を前方に、ハイリスク船を後方に配置します。不審船が前方から接近してきた場合、最も早く船団に近づく為に対処時間が短く危険です。その場合、前方の護衛艦が船団と海賊船の間に割って入り不審船の進路を塞ぎ、ローリスク船は高速を生かして海賊船とは反対方向へ退避します。速度の遅いハイリスク船は後方の護衛艦の近くを航行し護衛を受けるといった陣形を組むことにより、船団護衛は行われます。


 ―後編へ続く―
 

F-X選定とシミュレーションについて

■「悩ましい」選択


 先日、「リアリズムと防衛を学ぶ」のzyesuta氏がF-4後継機(F-X)問題について、twitterで以下のような呟きをされておりました。

ユーロファイターはライセンス生産OK、日本仕様への改造OK、ブラックボックスなしという、もうどうにでもして、という条件です。防衛産業を維持し、いずれ戦闘機の自主開発を目指すならこの上ないチョイスと思われます。
5:43 PM Feb 23rd via NatsuLiphone


しかしながら、今次 F-X(F-4後継)に選ばれた機種は、次なるF-XX(一部のF-15後継)も恐らく同系列であてられ防空の主力を担う機体になります。そう考えると、性能に優れる米国機をとらないでいいのか、という点に悩ましいものがあるんだと思います。
5:49 PM Feb 23rd via NatsuLiphone


 このzyesuta氏の「悩ましいものがある」という指摘はまさにその通りだと思います。
 現在、揉めに揉めているF-Xですが、F-22採用の可能性がほぼ無くなったことにより、更に混迷の度合いを増しております。有力候補として米国のF-35がありますが、現在も開発中の上、ライセンス生産を認められることはまず無い為、仮にF-35が採用された場合、F-2支援戦闘機の生産が終了する2011年度以降は日本国内で戦闘機生産が中断することとなります。日本航空宇宙工業会では国内での戦闘機生産の中断により生産技術基盤の喪失により「海外依存による自主・自律性の喪失、コストの増大、可動率の低下が懸念される。」としており、これは歴然たる事実でしょう。


【ユーロファイタータイフーン:ユーロファイター公式サイトより】
ロッキードマーチン F-35ロッキードマーチン公式サイトより】


 しかしながら、国内での生産やローカライズが大幅に認められると思われるユーロファイタータイフーンは日本での採用実績が無い欧州機であり、これを採用した場合はzyesuta氏の懸念する点で問題が有ります。かと言って、ライセンス生産可能な米国機のF-15FX系列は一線級の能力こそありますが基本設計が古く、戦力としての陳腐化が早々に訪れると思われます。現状、どっちに転んでも誰もが満足する結果は得られず、大きな不満が残る選択肢しか残されておりません。
 では何故このような「悩ましい」事態に陥ってしまったのでしょうか。


■最善は決まっていた。では次善は?


 結論から言ってしまえば、この問題を招いたそもそもの原因はF-22ありきの姿勢による決定の先延ばしにあったのではないかと思われます。
 本来、F-Xの選定は2007年度中に完了している予定でありましたが、2007年7月に米下院歳出委員会がF-22の輸出禁止継続を決定した為、日本側がF-22についての情報照会ができなくなり、F-22の輸出禁止解除を待つ為にF-X決定は2008年度中に延期されましたが、輸出禁止は2008年でも継続され、結局2008年12月に防衛省F-22をF-X候補機より外すことになりました。2009年度が終わりに近づいている現在でもF-X決定は行われておりません。F-22の輸出禁止解除を狙った先延ばしは奏効せず、F-2が生産終了する2011年度までの限られた時間をいたずらに浪費するだけに終わってしまいました。


ロッキードマーチン F-22ロッキードマーチン公式サイトより】


 このF-X選定に関し、防衛省(空自)はF-22をベストと考えていた節は各種の報道から見受けられますが、次善の検討が本気で行われていたかどうかには疑問が残ります。F-22が候補機から外されてから1年以上経った現在でも未定であることや、2009年にもなって「戦闘機の生産技術基盤のあり方に関する懇談会」が開かれる等の混乱が目に付くからです。推測の域を出ませんが高性能なF-22に囚われるあまり、脅威の分析とその対応法の検討に不足があったのではないのでしょうか。先日、F-35がF-Xに決定したとの報道の後に防衛大臣が否定するという一幕がありましたが、その際も何故F-35なのかという理由の報道は見当たりませんでした。果たして、F-X決定の際に納得の行く選定理由は提示されるのでしょうか。今後とも要チェックです。


■最適の装備を探し出すシミュレーター


 さて、F-Xの話が長くなりましたが、本日の本題は別になります。本稿はF-Xのような将来の装備に最適な物はなにかを探る為のシミュレーターの紹介です。
 F-Xの選定にこそ間に合いませんでしたたが、現在、対象となる脅威・状況から最適の装備をシミュレートする装置の研究が防衛省技術研究本部の先進技術推進センターで行われています。"SIMulation for TOtal effects on defense systems"、略称"SIMTO"と呼ばれるシミュレーターです。
 以前、「平成20年 防衛省技術研究本部研究発表会 特別セッション「新戦車」要旨」の記事でも少し触れましたが、技術研究本部では新戦車の開発に車両コンセプトシミュレーターを使用しております。車両コンセプトシミュレーターとは、エンジンや駆動系等の複数コンポーネントのシミュレーターと光ファイバーで連接することにより、コンピューター上にて戦車を仮想的に組み上げて試験を行うシミュレーターです。防衛省の資料から、運用構想図を以下に引用致しましたのでご覧下さい。


【「戦闘車両シミュレータの研究 に関する外部評価委員会の概要」より引用】


 上図のように、それまで個別であったコンポーネント毎のシミュレーター(システム)の上位に更にシステムを構築することで、車両全体をシミュレートすることができるようになりました。近年、このようなシステムの連接により更に大きなシステムを構築することは、"System of Systems(SoS)"と呼ばれており、研究開発用のシミュレーターに留まらず、軍事における革命(RMA)の中でも重要な要素の一つとなっております。SoSについての解説は改めて行いたいですが、ここで端的に述べると、SoSの目的は複数システムの統合による相乗効果(シナジー)の獲得にあります。一つ注意して頂きたいのは、本来のSoSとはもっと大きな構想になりますが、これについては後述させて頂きます。
 話しをSIMTOに戻しましょう。SIMTOは「防衛システムの総合効果シミュレーション」とでも訳せば良いと思うのですが、これは上で説明させて頂いた車両コンセプトシミュレーターの更に上位のシステムと考えて頂ければ良いでしょう。すなわち、車両のみならず、陸海空の防衛システム全体をシミュレーションするシミュレーターになります。説明のために技術研究本部の資料をもとに、下図を作成致しましたのでご覧下さい。


【『「装備品なら何でもシミュレーションします。」(過去も、現在も、未来も)』を基に筆者加筆】


 上図は下層に一つのシステム(装備)を構成するプラットフォームや武器、センサーなどのコンポーネントレベル、中層にコンポーネントを一つにまとめて装備にしたシステムレベル、最上層に各装備が配置される(システム統合レベル)という3階層から成りたっております。先程紹介した車両コンセプトシミュレーターはシステムレベルに属するもので、コンポーネントレベルには車両コンセプトシミュレーションを構成する各種シミュレーターが属します。このうち最上層のシステム統合レベルに該当するのがSIMTOになります。(注:後述してますがSIMTOは全層を内包しており、車両コンセプトシミュレーターとは連接されていません。あらかじめご注意ください)
 SIMTOは様々な装備やコンポーネントをモデル化し、装備の威力や防護力等の様々なパラメーターを数値化することにより、コンピューター上に仮想の戦場を再現します。モデル化できるものなら陸海空全ての装備がシミュレートでき、実際に研究者に伺ったところでは「過去の装備。例えばゼロ戦も再現可能」とのことでした。装備のみならず、仮想の戦場では気象や地形、透過率、グラウンドクラッタ−等の様々な環境要素までモデリングし、人間による指揮(ドクトリン)もモデル化されております。これら実際の戦場と同じ様な環境を再現し、その中で多数の装備の組み合わせを検証することが出来ます。この検証を元に将来の装備に最適なものはなにかを導き出すのです。
 技術研究本部の資料を下に示しますので、どのようにシミュレートし最適な装備を導きだすかを考えてみましょう。


【『「装備品なら何でもシミュレーションします。」(過去も、現在も、未来も)』より引用】


 まず、対象となる脅威を想定します。この脅威に対し、ステルス機・無人機・無人機+管制の為の大型機という3つの方法が提示されたとすると、その方法による戦闘をシミュレートし、有効性を評価することによって将来の研究開発の方針を決定する。と、このような流れで最適な装備を導き出すことが可能です。これは研究開発方針の決定だけでなく、F-Xの様な外国製装備の導入においても役立てるものと思われます。



■SIMTOの今後と限界


 さて、先程SoSについて「もっと大きな構想」と述べました。そう、本来のSoSは非常に遠大かつ野心的な取り組みであり、先程車両コンセプトシミュレーターについてSoSと書きましたが、あくまで概念の説明として述べただけで、実はあれはSoSと呼べるほどのものではありません。SIMTOにしてもまだまだ及ばないところがあります。それは何故か? ここでSoSについて、Web上に大変的確な説明がありましたので、以下に引用致します。

SoS を直訳すると、もちろん「システムのシステム」である。しかし、システムはもともと(サブ)システムから構成されているわけで、たんに「複雑なシステム」を強調するために新語は不要だろう。ここで問題となるシステムとは、自律・分散的に存在するシステム群を、ある目的(プロジェクト)のために統合して用いるときに機能するような、システムの全体のことである。「自律分散システムの協調」というテーマじたいは目新しいものではない。SoS が想定するのは、プロジェクトに必要なすべての要素、つまり組織編成や訓練、計画と実装、運用といった側面をも含む「システム」である。

 −「SoS:超システム工学への現実的アプローチ」より引用−

 そう、「プロジェクト」に必要な全ての要素を内包してこそSoSとなるのです。このことは技術研究本部の方ももちろん認識されており、SIMTOの将来的な構想を伺ったところ、兵站等の概念を将来的には取り込んでいきたいと表明されました。SIMTOはまだまだ研究段階のシミュレーターなのです。今後の進展に大きな期待を寄せたいところです。

 しかしながら、いかなるシステムにも限界があることを認識しておかなければなりません。それはSIMTOのみならずシミュレーターは入力される情報によって、おのずと結果が変わってしまうということです。もし、現在のF-X問題のように、最初から意中の装備があったとしたら? 若しくは脅威について正しい認識と分析をしていなかったら? このように考えられる理由はいくらでもあります。入力する人間側の意向やミスにより、事実と異なる情報を入力されてしまうことは十分に考えられ、システムの完成時にはこの点に十分注意する必要があるのではないでしょうか。かつて、ミッドウェー海戦を想定した兵棋演習で日本有利の条件を設定した上で無理やり勝たせたこと。または、日本初の機械化旅団である独立混成第一旅団が意図的に無茶苦茶な想定条件の演習をさせられた為に解散させられたこと等、シミュレーションの悪用は昔から行われております。純粋に結果を求めるシミュレートが行われることを願っています。



<参考>



防衛省 第1回戦闘機の生産技術基盤の在り方に関する懇談会使用資料 【資料4】戦闘機生産中断による生産技術基盤への影響について

防衛省技術研究本部 防衛技術シンポジウム2009ポスターセッション  『P3-1 「装備品なら何でもシミュレーションします。」(過去も、現在も、未来も)
   - 防衛技術シンポジウム2009でのSIMTOの説明資料の一部です。是非ご覧下さい。

防衛省技術研究本部 外部評価委員会 評価結果の概要 「戦闘車両シミュレータの研究 に関する外部評価委員会の概要
   - 車両コンセプトシミュレータの評価結果概要です。シミュレートの内容が細やかに記載されています。必見。

OR The Object Report「SoS:超システム工学への現実的アプローチ
   - SoSの説明について、日本語のWebで最も詳細な説明と思われます。

大熊 康之「軍事システムエンジニアリング―イージスからネットワーク中心の戦闘まで、いかにシステムコンセプトは創出されたか
   - 元海将補によるSoSやNCW等のコンセプトやそのアプローチを解説した本です。難解な上、現在では入手が難しくプレミアまでついていますが、興味のある方は図書館などで是非ご覧下さい。

ソフトパワーについて 〜日本のソフトパワーがアメリカのハードパワーに拮抗した日〜

 近年、既成のメディアに対してインターネットが力を相対的に増していることに異論は無いでしょう。国際関係にもこれと似た事象が起きつつあり、従来国家の力の源泉とされていた軍事力・経済力等のいわゆる「ハードパワー」に対し、「ソフトパワー」と呼ばれる概念が注目されております。本稿ではこのソフトパワーについて触れたいと思います。


■ハードパワーとは



 ハードパワーとは、国家の望む結果を達成する為に軍事力・経済力による懲罰・強制を行える能力のことを指します。19世紀の軍事思想家であるクラウゼビッツの「戦争とは相手にわが意思を強要するための暴力の行使である」という言葉はハードパワーとしての軍事力の性格を端的に表したものと言えます。また、経済制裁により相手に自国の意志を強要は、北朝鮮への経済制裁等、憲法戦争放棄をした日本でも行っている手段であります。
 しかしながら、このようなハードパワーの行使は国際社会の批判、行使された国と関係の深い国家の反発を招くことは、近年のイラク戦争を見れば明らかです。このようなハードパワーの問題に対する解決策の一つとして、ソフトパワーへ注目が集まっております。


ソフトパワーとは



 強制力により目的を達成するハードパワーに対し、ソフトパワーとは文化・政策・政治的価値観の魅力により目的を達成する能力のことを指します。このソフトパワーの概念はアメリカの国際政治学者であるジョセフ・ナイによって提唱されたものでしたが、元々は1980年代におけるアメリカ衰退論に対する反論として持ち出されたものでした。しかし、2003年のイラク戦争後のアメリカへの国際社会の反発や頻発するテロに対して、解決の糸口として注目される様になりました。
 ハリウッドに代表されるアメリカ文化は大きな魅力を持っており、アメリカに対する好イメージに繋がります。高度な福祉政策を取る国は低福祉国の国民から羨望されるでしょうし、民主主義という政治的価値観は抑圧された国民にとっては大きな希望ともなります。
 しかしながら、ソフトパワーはハードパワーを代替するものではなく、ハードパワーと比べて定量化が難しい概念です。ナイはハードパワーとソフトパワー双方を駆使することが国際社会での国力に繋がるとしており、アメリカは2つのパワーを兼ね備えた国家であるとしています。ソフトパワーは徐々に存在感を増していますが、それ単体の影響力はまだ限定的なものです。


ソフトパワーが国際社会に影響を及ぼした事例



 しかしながら、特定の条件化ではソフトパワーは大きな意義を持ちます。ソフトパワーが国際社会に影響を及ぼした事例として、ナイはセルビアにおけるミロシェビッチ失脚を挙げています。1990年代にミロシェビッチは自国のテレビを統制しており、情報をコントロールすることで自身の評判を高めようとしていました。つまりはソフトパワーの源泉としてテレビを統制下に置いていたのです。しかしながら、彼が失脚する2000年にはセルビア人成年の45%がラジオ・フリー・ヨーロッパ(RFE)やヴォイス・オブ・アメリカ(VOA)を聴いており、国家が統制しているラジオ・ベオグラードを聴いていた成人は31%に過ぎませんでした。RFEやVOAアメリカ議会の出資による報道機関であり、民主的な価値観を広めることを公的に謳っています。RFEやVOAの放送を聴いて民主的価値観にシンパシーを持ったセルビア人が、選挙の不正に怒りデモ行進を行ったことはミロシェビッチ失脚の大きな要因となりました。もちろん、欧米からのハードパワーによる圧力も大きなものでしたが、ソフトパワーが相互補完的に影響を及ぼした事例と言えるでしょう。
 また、1991年の湾岸戦争時にCNNは国際世論に大きな影響を与えていましたが、2001年のアフガニスタン侵攻や2003年のイラク戦争では、カタールの衛星テレビ局アルジャジーラがアラブ視点の報道を行うことで、それまでのアメリカ視点一辺倒だった報道に大きな転機を持たらし、国際世論に大きな影響を与えたことも記憶に新しいと思います。これもまたソフトパワーの一形態で、CNNを見た人とアルジャジーラを見た人では意見が違うことが指摘されております。

天安門事件における「無名の反逆者」】。この映像がCNNにより放映されたことで、弾圧者としての中国政府と自由を求める民衆という対立軸が鮮明に焼き付けられた。(写真はJeff Widenerによるもの)


■日本におけるソフトパワー



 近年、日本においてもソフトパワーについての論議が活発です。ですが、その議論は政策・政治的価値観よりも文化的側面を重視したものが多いように見受けられます。政策面としては鳩山首相が掲げた二酸化炭素25%削減政策等がありますが、悲しいほどに国外から注目されていません。一方、文化面では日本の伝統文化やマンガ・アニメに代表されるポップカルチャーは海外でも広く受け入れられており、日本の有力なソフトパワーです。政策や政治的価値観は国家が関与する領域ですが、非国家の領域である文化が強いのは喜ぶべきなのか悲しむべきなのかは皆様にお任せします。



 ところで、最近ホットな国際問題として、アメリカが台湾への武器売却を決定したことは皆様御存知のことと思います。まさにアメリカによるハードパワーの行使であります。それを伝える台湾の4大紙の一つ「自由時報」の第一面を見てみましょう。



 日本のソフトパワーアメリカのハードパワーに拮抗したようです(えー


<参考文献>
 

XC-2初飛行 成功!

防衛省技術研究本部ニュース 次期輸送機 初飛行に成功
http://www.mod.go.jp/trdi/news/index.html



 本日、次期輸送機(XC-2)の試作1号機は航空自衛隊岐阜基地より離陸し、1時間のフライトの後、無事帰還致しました!
 兄弟機とも言える次期哨戒機(XP-1)より初飛行で遅れること2年と3ヶ月、ついにXC-2も初飛行に漕ぎ着けました。
 つい先月、ボーイングB787エアバスのA400Mも初飛行を行い、これで世界的に難航していた新型機開発に一つの区切りがついたものと思われます。どれも前途多難ですが、無事に成功すると良いですね。

 さて、個人的に一つ気になることがあります。今回、XC-2は飛んだ当日に詳細な映像がアップロードされておりましたが、先月のA400Mの初飛行ではエアバス社の特設ページで生中継が行われていました。


 エアバス社特設ページ
 http://www.airbus.com/en/A400M/


 現在は何もありませんが、初飛行当日は式典の模様やテストパイロットのコメント、スペインのファン・カルロス1世国王陛下の祝辞等が生中継で放映されておりました。A400Mは多国間プロジェクトですから、様々な面でアピールする必要があったとも思うのですが、今回のXC-2も生中継があっても良かったなあとも思うのです。先日の在日米軍の様にニコニコ生放送を使えばコストも低く抑えられると思うのですが……

【臨時】日米共同統合演習「キーンエッジ」 ニコニコ生放送で生中継

 在日米軍自衛隊の共同指揮所演習が、本日午前10時30分よりニコニコ生放送にて生中継されるとのことです。米陸軍の演習が生放送されるのは世界初の試みとの事で、お時間がある方はご覧になってはいかがでしょうか。


日時:1月22日10時30分開始
URL:http://live.nicovideo.jp/watch/lv9971758

防衛技術シンポジウム2009 「耐弾用金属基複合材(MMC)」

 Youtubeを見ていたところ、年末のテレビ番組と見られる映像がアップされていました。




 防衛大学校で衝撃破壊関連の研究をされている大野友則教授の研究内容の紹介映像ですが、下の方の2/2の映像の中に64式小銃を用いた実験が出てきます。強化繊維とセラミックスの2重構造の防弾チョッキに向けて64式小銃で射撃し、受け止めるといった映像なのですが、セラミックが鉛色でアルミナっぽくない。どっかで見たことあるなーと思っていたら、思い出しました。



 防衛技術シンポジウム2009で展示されていた「耐弾用金属基複合材(MMC)」と色が良く似ており、映像では素材の名前こそ出ていないものの研究中の材料であることが明らかになっていることや、MMCの耐弾試験も大野教授が行っているため、映像の素材もMMCの物に近いと思われます。

 耐弾用金属基複合材(MMC)とは、金属材をベースとしてセラミックスを加えて強化した複合材のことです。(イタリック部・2010年1月17日文面訂正) この研究は日本セラテック社による展示で、同社の製品であるPSS-50を利用した防弾素材が展示されていました。なお、PSS-50はシリコンとセラミックス(炭化ケイ素)の複合材になります。



 このPSS-50の特徴としては以下が挙げられます。
 ・従来のアルミナ等のセラミックスやPSI(アルミ+セラミックスのMMC)と比べて重量あたりの耐弾性能に優れている。
 ・従来のセラミックスは曲面の加工が難しく高コストになったが、PSS-50は鋳型で立体成型が可能。
 ・立体成型が可能であるので、試験体は陸自隊員の平均値から割り出された形状となっている。

 など、性能面や加工面、人間工学的にも有利な特徴を備えております。実際に6ミリ厚のPSS-50と10ミリ厚のスペクトラ繊維を組み合わせた試験体に対し、89式小銃による5.56mm弾を5発連射で撃ち込み、全て未貫通の成果を残しており、連射に弱いセラミックスとしては上々と言えると思います。
 PSS-50はアルミナより3割ほど軽く、会場では写真のように同体積のブロックが置いてあったので実際に持ったところアルミナよりずっと軽い印象でした。実験で用いた6ミリ厚のPSS-50試験体も持ち上げたところ、以外な軽さで驚きました。もっとも、スペクトラ繊維無しなので軽いのは当たり前なのかもしれませんが……


 Youtubeの映像に出てきた耐弾素材がPSS-50だという確証はありませんが、防弾チョッキに使われる素材の軽量化は各国でも重要な課題とされており、多くの素材が日本でも研究対象となっていることが伺えます。この分野での研究がより一層進むことで隊員の生存性向上に寄与することを願っております。


<参考>
日本セラテック社 http://www.ceratech.co.jp/product/pdf/03/pss_psh.pdf
防衛省技術研究本部 「耐弾用金属基複合材(MMC)」

「幻のてき弾銃」の更に幻

 一昨年の7月にアップしました「幻のてき弾銃」にて、自衛隊で開発試作が行われたものの装備化に至らなかった国産てき弾銃について取り上げました。試作品試験の映像と限られた資料の中、開発の経緯や顛末について推測を交えつつ取り上げてみましたが、依然として判明しないことが多く、執筆後も調査を継続して行っておりました。調査の結果、いくつかの新資料を得ることができましたので、新年第一弾の記事は「幻のてき弾銃」の続報をお届けしたく思います。


D【一昨年アップのてき弾銃試験映像】

■2つのてき弾銃 〜ダイキン工業日産自動車


 「幻のてき弾銃」にて、以下の開発経緯を示しました。

 上図の様にてき弾銃の開発は昭和47年度より始まったとされております。しかしながら「ダイキン工業70年史」によると、てき弾銃の弾薬の開発を担当していたダイキン工業がてき弾銃の開発を辞退したのは昭和46年とされており、開発が始まる前に辞退していたことになります。このことから、このてき弾銃は「幻のてき弾銃」で取り上げた日産自動車(現・IHIエアロスペース)が弾薬開発に携わったてき弾銃(以降、日産型)の前に研究されていた、ダイキンが携わった試作品(以降、ダイキン型)と推測されます。

日産型てき弾銃【陸上自衛隊武器学校武器資料館にて撮影】

ダイキン型てき弾銃とその開発・試験


 ダイキン型は昭和44年度に第一次試作、昭和45年度に第二次試作が行われ、それぞれ2丁ずつ、計4丁の試作品が完成しています。
 日産型と違う点として、対人用弾薬が40mmと小型であり、対戦車用は66mmと日産型と同一ですが銃身兼用コンテナに収容されており、銃身部ごと銃に挿入し撃つことを想定していたと推測されます。
 昭和45年度から46年度にかけて、下北試験場、富士演習場などで実射試験が行われました。その試験結果及び要求について、図表化致しましたので御覧下さい。



 以上のように、要求性能に対し試験結果は大幅に未達の状況です。
 特に対戦車用弾薬の問題は深刻で、試験の途中で銃が破損し有効射程試験は未実施となってしまう有様です。また、精度試験の結果も酷いもので、射距離200mにおいて半数必中界(CEP)が方向上780cm、高低上400cmとなっております。この数字が意味することは、200m先の静止したT-55戦車(車体長6.45m、全高2.35m)を射撃したとしても、射撃数の半分の命中も期待出来ないということになります。これが走行時でしたら、命中することはまず不可能でしょう。
 深刻な問題は更に続きます。銃が破損し対戦車用の有効射程は未実施となりましたが、その破損を招いた理由が深刻な故障率の高さに有ります。



 対人用の故障率が60%を超えていますが、これは抽筒不良ですので連続射撃に問題が出る程度で問題としては重大ではありません(もっとも、60%はいくらなんでも高すぎですが)。問題は対戦車用で、30%の射撃が銃本体に破損を引き起こし、うち約7割(全体射撃数の約2割)が射手が負傷する可能性がある故障となります。これでは、制式化はまず無理でしょう。
幻のてき弾銃」において、日産型が不採用となった理由は対戦車用弾薬が問題ではないかと推測いたしましたが、ダイキン型においては明白に対戦車用弾薬が深刻な問題になっていることが裏付けられました。
 

■そもそもの疑問


 さて、何故こんな惨憺たる結果にも関わらず、開発は日産型へと引き継がれて同種の問題が発生した結果、再び不採用となったのでしょうか。この当時の陸上自衛隊の装備は朝鮮戦争時の米軍より少し進化した程度の物で、特に対戦車戦力はかなり貧弱な物でした。ソ連の優勢な戦車戦力に対し、国内で供給可能な対人・対戦車兼用の装備を必要としていた為と思われます。また、試験結果そのものは惨憺たるものでも、てき弾銃の最大の特徴である後方無爆風能力は非常に高く評価されており、壕内からの隠蔽射撃という隊員の生存性を向上させる運用に非常に期待が寄せられておりました。2001年になって制式かされた01式軽対戦車誘導弾が壕内からの射撃が可能であることを見ると、壕内からの射撃可能な対戦車火器のニーズが極めて高かったことも伺われます。
 このような理由の他に、てき弾銃迷走の最大の原因となった開発フローの問題があると考えられます(詳細は「幻のてき弾銃」参照)。そして、あまりに実用からかけ離れた問題が発生したダイキン型こそが「幻のてき弾銃」でさむざむ。氏より指摘を受けた「基礎的研究の中で完成品に近い状態の試作」品だったのではないかと推測致します。

 今後も本ブログでは、自衛隊における装備開発の失敗例として、プロジェクトに対する示唆に富むてき弾銃の調査を継続していきたいと思います。


<参考文献>

弾道学研究会 編「火器弾薬技術ハンドブック」防衛技術協会

ダイキン工業株式会社社史編集委員会ダイキン工業70年史」ダイキン工業